プロローグ

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プロローグ

 意味を成さない言葉の羅列が目の前に浮かび上がる。ひとつひとつ、一刻一刻、タイプライターで打たれたかのようにタイミングよく。  その言葉たちは、空に刻み込まれたまま宙に留まっているかと思えば、おのずからその形を変え、次々に別の文字へと変化していく。別の文字に打ち直されていくというよりも、まるで一匹の生物がさまざまな形に擬態していくと言ったほうが近い。それらは蚊柱のように立ち上っては消え、立ち上っては消えていった。しかしある言葉の形が整った途端、その蚊柱だけが、変化することなく中空に留まるようになった。それ以降、その中空に留まった言葉の群れだけが、他の蚊柱たちへと食指をのばし、次々に捕食していったのだった。  「それ」は、他の言葉を取り込み、自らの言葉の羅列を保存し、維持していたのだ。  「それら」は、極めて始原的な意志を持っているように思えた。  「それら」を、私は〈生ける言語〉と呼ぶことにした。 2201.1.15 ルイ教授草稿より抜粋
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