猿の葬儀

10/61

7人が本棚に入れています
本棚に追加
/62ページ
 それから二週間たっても、猿のことが、ミドリさんのことが引っかかっていた。彼女はなぜ猿なのか。そしてなぜ猿なのにしゃべっているのか。そして彼女が言った、「生前」という言葉が何を意味しているのか。思考が頭の中をメビウスの輪のように、何度も何度も回って離れなかった。昼飯を食っているときも、仕事をしているときも、寝ているときでさえも頭の中にミドリさんの顔が浮かんできた。  限界が近づいていた。  おれはスマホを取り出した。ディスプレイに十一桁の数字が並んだ。  六回コールが鳴った後、電話の向こうから不機嫌そうな声が聞こえてきた。 「今週の土曜は休みって言ってただろ?」 「知ってるよ。だから電話したんだ」 「おまえ、高校のときから変わらんな」 「何が?」 「自分勝手な所だよ。学生のときもそうだった。今も全く成長してないらしいな。人が休みの日の、しかも朝早くから電話してきやがって」 「酒井、ごめん。でも、どうしても調べてほしいことがあるんだ」  耳元から何かを飲む音が聞こえた。 「何で休みの日にまで、仕事しなくちゃいけないんだよ。しかもおまえなんかのために」 「悪いとは思ってるよ。でも酒井しか頼む相手がいないんだ」  相手が黙った。おそらく髪をぐしゃぐしゃにしているのだろう。困ったときのあいつの癖だ。 「分かったよ。何をすればいいんだ?」  酒井クン。君はやっぱりいいヤツだ。人の頼みを断ることができない。 「人を探してほしい。いや、正確にいうと違うな。ある人物の消息を探ってほしいんだ」 「ちょっと待て」電話口から物音がする。「よし。どこのどいつだ?」     
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加