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ええ、もちろん。覚えていますとも。猿にあんなふうに話しかけられたことなんて、一度もありませんから。そう言いたくなるのを懸命にこらえて、何とか受話器の向こうの相手に話しかけた。
「ええ、覚えています。祖母の弔問に来てくださった方ですよね。お元気ですか」
お元気ですか、だって! 亡くなってる相手に何を言っているんだろう、おれは。
「はい、何とか。純一さんもお元気ですか?」
苦笑交じりの返答が聞こえる。
「はい、何とか」
おうむ返し。言葉が出てこない。おれはどうやら緊張しているらしい。
「あのね、ちょっとお願いがあるんですけど……。できたらもう一度あなたに会いたいんです」
え、ちょっと待ってくださいよ。もう一度会いたい? よしてください。厄介ごとに巻き込まれるのはごめんです。まあ、こんなことは言えない。つい、口走ってしまった。
「ええ、もちろんいいですよ。いつにしますか?」
お人よしめ。
ミドリさんが百合香さんと連れだってやってきたのは、日曜の昼下がりのことだった。
「こんにちは」
玄関先から声がした。
「ああ、こんにちは。いらっしゃい。どうぞ、どうぞ」
おれは百合香さんには笑顔で、ミドリさんには驚きまじりで迎える。彼女と会うのは初めてじゃない。でも、やっぱり挙動不審になってしまう。中身がどうであれ、彼女はどこからどう見ても猿なのだ。
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