猿の葬儀

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「いいのよ。私たちが勝手に押しかけてきたんだから。それより純一さんは何が食べたいの」 「あ、じゃあハンバーグ弁当で」  はっ、と気づいた。ミドリさんはおれと二人きりで話をするために、百合香さんを追い出したのだ。おれは鈍い。二十数年生きてきたわけだし、もちろん気づいていたことだけれど、おれは鈍い。それを再確認してみじめな気持ちになる。  ミドリさんは小さな金切り声をあげた。耳をすまさなくちゃ聞こえないくらい、微かな声だ。それは笑い声のような気がした。あなた、頭が働かないのね、そう言われているようだった。無性にミドリさんを殴りたくなった。  勘違いしないでほしい。おれはこれでもお年寄りに優しい性格なのだ。少なくとも人並みには。知り合いのじいさん、ばあさんとすれ違えば、いい歳になった今でもきちんとあいさつをするし、足腰の弱そうなばあさんが電車で座りたそうにしていたら、席を譲る。彼らが、あるいは彼女たちが笑顔になれば、おれも微笑みたくなる。  だが、うちのばあさんとミドリさんだけは別だった。この二人だけはなぜか憎たらしい。なまじ親しみをもっているからかもしれない。親しみと好意とはまた別の感情である。似て非なるものだ。憎しみ混じりの親しみだって、ある。 「あのユズリハの樹、まだあるのね」     
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