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「いいのよ、無理しなくても。あなたは初枝ちゃんやご両親から大切に育てられたんだろうから」
おれはちょっとムッとした。
「バカにしてるんですか?」
「そんなことないわ。どちらかというと妬んでいるのかもしれない。そして多分後悔してるんでしょう。あそこでこうしておけば幸せな家庭が築けたかもしれないのにってね」
「何なんですか」おれは思わず大声を出した。「甘えないでください。息子さんがいるだけ、家族がいるだけいいじゃないですか。おれは親父もおふくろも、じいさんもそしてばあさんも亡くしてるんだ」
おれの右拳が震えていた。それを見たミドリさんは申し訳なさそうに言った。
「そうだったわね、純一さん。すっかり忘れてしまっていたわ。ごめんなさい」ミドリさんの鳶色の瞳の中に俺が映りこんでいる。「でもね、純一さん。家族が生きているからこそ苦しいことだってあるのよ」
二人ともそれっきり黙り込んでしまった。残暑の日差しが照りつける中、おれとミドリさんはお互いに別の方を向いていた。
重苦しい沈黙はインターホンの電子音が聞こえたことでとぎれた。
「純一さん、百合香です。鍵を開けてくれませんか?」
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