猿の葬儀

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 ミドリさんは黙々と弁当を真っ赤な口の中へ運んでいた。豆腐、焼き魚、れんこん、プラスチックトレイの中のいろいろな食材がミドリさんの見事な箸づかいで一口大の大きさに分けられていく。だが、傍目には猿が曲芸をしているようにしか見えない。それは客観的に見ればひどく滑稽な光景でもあった。でも、おれは大いに感心した。猿の身体で、あれだけ箸を自由自在に操れるのは世界中を見回しても彼女だけだろう。 「ミドリさん、箸使うの上手ですね」  ミドリさんがきっとおれをにらんだ。おれが予想していた反応とは百八十度違っていた。 「純一さん、私が何十年生きてきたと思ってるんですか!」  百合香さんがおれに耳打ちする。 「うちのおばあちゃん、右手の指、一本無くしてますけど箸づかいにはすごく自信持ってるんです。私もよく箸づかいを注意されてましたから」  小さいころからよく言われていた。空気が読めない、って。もっと人の気持ちを考えましょう。俺の通信簿に書かれる常套句だった。考えてみれば当たりまえのことだ。たとえミドリさんの見た目が猿だったとしても、その中身はれっきとした八十ウン歳のまだまだ矍鑠としたおばあさんで、おれや百合香さんとは比べものにならないくらいの食事をしてきているのだ。これじゃ、もしミドリさんが猿の姿じゃなかったとしてもどやされていたに違いない。  いっそう空気が暗くなった。百合香さんがテーブルに残っていた湯呑みを片づけるといって台所に行った。百合香さんの弁当の中身はまだ半分くらい残っていた。おれは百合香さんをずるい人だと思った。     
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