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おれとミドリさん、二人の弁当が空になった。手持ちぶさたになったおれはスマートフォンを何の意味もなくいじくっていた。急にミドリさんが立ち上がった。何をするのかと、おれがぼうっと眺めているとミドリさんはたどたどしい手つきで、空になった弁当の容器をレジ袋の中に入れ、近くにあったゴミ箱の中に押しこんだ。全部済んでしまうと後ろを向いておれに軽蔑のまなざしを向けた。年長者にごみを捨てさせるなんて、ということだろう。おれはすごく恥ずかしくなった。
こうなってしまうとスマートフォンを手の中で遊ばせておくのもなんとなくはばかられて、おれはずっと障子戸の向こうに見える庭を眺めていた。だが、こんなときに限って、雀もちょうちょも飛んでこない。そんなのが視界に入れば、「私は雀を見てるんですよ」そう無言のうちに言い訳できるのに。この状況じゃそんな言い訳も通用しない。二十何年も見飽きた景色をずっと眺めていれるほど、おれは風流人じゃない。
百合香さんは台所に行ったまま戻ってこない。持っていった湯呑みはたったの三つ。もう十五分くらいは経っている。よほど丁寧に洗ってくれているのだろうか。それとも昨日洗わずに放っておいたフライパンも一緒に洗ってくれているのかもしれない。むちゃくちゃ焦げついていたものな、あのフライパン。それならこれだけ時間がかかっても仕方がない。
そんなことをぼんやりと考えていると、横から静かな声がした。
「純一さん」
「は、はい。なんでしょうか」
「何をそんなに驚いてるの? またよからぬことを考えていたんでしょう」
いえいえ、滅相もない。おれは両手を振って自分の本心を態度で伝えた。
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