猿の葬儀

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 とりあえず私は水を飲んだ。川に手をつっこみ、両手ですくって。いつも飲んでる水とは比べものにならないくらい汚い水で少し嫌な気持ちがしたけれど、身体の方はそうでもないらしくて何杯も何杯も濁り水を口に入れた。飲み終わって、かなり身体の方は満足したみたいだった。でも、心の方は情けなさとやるせなさでいっぱいになっていた。  水でお腹は膨れたけど、今度は食べ物がほしくて仕方なかった。でも、あたりは泥や流木や流れ着いたごみなんかでいっぱいで、なかなか食べ物なんて見つからなかった。だから、そのくすんだ光景の中に一個の黄色いミカンを見つけたときは本当にうれしかったわ。手に取るが早いか、一目散に口へ運んだ。多分皮もむかなかったんじゃないかしら。周りの状況が状況だから、普段の私なら口もつけないようなひどく汚いミカンだったけど、そのときは全く気にならなかった。でも、そのわけまではいまだにはっきりしない。私の身体が猿になってしまったからなのか、それともあまりにお腹が空いていたからなのか、ね。  お腹がある程度ふくれてしまうと、私は次に百合香のことを考えた。私は生きている、そう伝えてあげればどんなに喜ぶだろう。そう考えたのよ。  でも、すぐに思い直した。こんな姿になってしまった私があの子に何をしてやれるだろう、って。ただあの子を驚かせることになるだけじゃないか、って。  つい、口について出たわ。百合香……。その一言が。     
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