猿の葬儀

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 そして、自分でびっくりしてしまった。ちゃんと人間の言葉になってたからよ。そして私は思った。百合香に会いに行こう。もし、百合香が私のことを怖がったら、それはそのときだ。とにかく会いに行こう。  ここがどこなのか分からなかったし、それ以上に周りはがれきの山になっていて、人間の頃の私なら、とてもたどり着けないとあきらめたと思う。でも、そんなことは全然気にもしてなかった。一度、猿になってごらんなさい。人間以外の野生の生き物がどれだけすごいかがよく分かるから。嗅覚も、聴覚も、感覚もすべてが鋭くなる感じなのよ。ことさら意識しなくても、頭の中に地図がどんどんできていく。  私は疲れきった身体をめいいっぱい動かしながら、岩から岩へ、木から木へ、と駆けた。こんなに速く、険しいところを動いたのは初めてだったわ。でも、何も考えずとも身体が勝手に動いてくれた。そして、一時間ばかり行ったくらいだったでしょうかね。私が足を滑らせたうちの畑が見えてきた。  私はほっとしたわ。それから、だんだんとスピードを緩めていった。そして、民家の明かりが見えてきたときには、私は思わず両手をあげてしまっていた。  雨は降っていなかったけど、私たちが住んでいる集落は時が止まっているかのように静かだった。往来にも人影一つ見当たらなかった。私にとっては好都合だったわ。誰にも見られずに百合香に近づくことができるから。     
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