猿の葬儀

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 愕然としたわ。やっと気づいたの。私が日本語と、いえ、人間の言葉と思ってしゃべっていた言葉が、男の人には全部猿の鳴き声として聞こえていたことに!  もう逃げるしかなかった。私はすぐに後ろを向いたわ。でも、遅かった。男の人が私のしっぽを力いっぱいつかんでいたの。  今まで出したことのないようなうめき声が出た。それでもどうにか逃げようともがいたわ。でも、人間の男の力って強いのね。あらためて思い知った。猿の力を持ってしても全然動くことすらできなかったんだから。追いつめられた私は男の人の手に噛みついたわ。仕方がないわよね。いわゆる正当防衛ってやつだもの。でも、それがいけなかった。男の人は逆上して私の身体をしたたかに蹴ったわ。そして、また何度も棒で殴った。  もう、だめ。私はもう一度死ぬんだわ。そう思ったちょうどそのときよ。男の人の後ろに、人影が見えた。百合香! 私は夢中でそう叫んだ。  男の人も後ろの百合香に気づいたらしく、気まずそうに棒から手を離すと、百合香に軽く会釈をして、逃げるように去って行った。  通りなれた道の真ん中で、私と百合香は二人きりになった。情けない話だけど、百合香を見た途端、急に逃げ出したくなった。猿になった私の姿を見られるのが恥ずかしくなったのよ。     
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