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私は百合香に対する名残惜しさをすべて捨てて逃げ出した。百メートルくらい逃げたところだったかしら。後ろからこんな声が聞こえたの。
おばあちゃん。
私は耳を疑ったわ。空耳だと思った。でも、何度もこう聞こえたの。おばあちゃん、おばあちゃん。
百合香、私が分かるの? 私は呆然としたまま言った。当たり前じゃない。百合香は泣きじゃくりながら言った。孫なんだから。私と百合香は思いきり抱き合ったわ。
その後、家に帰って、温かいみそ汁をすすって、ようやく人心地がついたわ。ようやく人間の生活に戻れたと思った。自分の身体が何度見直しても猿だったのには辟易したけど――
「すげえ話ですね」
おれは壁にもたれかかるとずるずると身体を滑らせた。
「まあ、誰もが経験するようなことではないわね」
「百合香さんのほかにちゃんとミドリさんの姿が人間に見えてる人はいないんですか?」
ミドリさんは悲しそうに首を振った。
「今のところ、誰も。もちろん、何回か挑戦してみたわよ。物陰から隠れて様子をうかがってみたり。そっと話しかけてみたりね。でも、だめだった。たいていの人は私を見ると驚くか、怒るか、かわいがるかそのどれか。私が言ってることも猿の鳴き声にしか聞こえないみたいね」
「でも、不便じゃないですか? 人間に合わないように気をつけて外を出歩くのって」
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