猿の葬儀

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「息子の名前を出したのよ。息子に私が生きていることを知られたくないって言ったら、百合香は簡単に了承したわ。私が息子のことを蛇蝎(だかつ)のように嫌ってると思ってるから」 「実際はどうなんです?」 「嫌ってるわけないでしょ。実の息子ですよ。ちょっと今はすれ違ってるだけ。多分、百合香が思うほど息子の方も私を嫌ってないと思うわよ。私のところから独立して少し疎遠になっただけ。一人の大人として不思議なことではないでしょう? むしろ百合香の方が心配だわ。いつまでたっても子どもで、独り立ちできない。それでいて自分のことをいっぱしの大人だと思ってる」 「で、でも不思議ですね。百合香さん以外の人はミドリさんが何を話してるのかも分からないわけでしょう。なんでおれには分かるのかな?」 「私の方が訊きたいですよ」ミドリさんはため息をついた。「びっくりしたわ。最初に会ったとき。純一さんがいきなり腹話術ですか、なんて言うんだもの」 「あいさつなんてしなけりゃ良かったじゃないですか。どうせおれにはミドリさんが猿にしか見えないって分かってたわけだから」 「そういうわけにもいかないでしょ。隣には百合香がいたんだから」 「あ、そうか」 「それにね。たとえ相手が気づかなくても、自分の言ってることが分からなかったとしても、ちゃんと礼儀は守るべきだと私は思いますよ」  おっしゃるとおりだ。     
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