猿の葬儀

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 百合香さんは少し怖がっているようだった。それでもどうにか一番近くの病院を教えてくれた。  おれは百合香さんの手を強く引っ張った。 「何を……」 「あなたも一緒に行くんです」  百合香さんは何も言わずただずっと首を横に振っていた。百合香さんを待っている時間は残されていなかった。 「おれはミドリさんと病院に行ってきます。また連絡します」  おれはそう言い残すと、車に乗り込んでアクセルを踏んだ。  助手席のミドリさんは死んだようにぐったりとしていた。ヒュー、ヒューという谷間をとおる風のような息だけが彼女が生きていることを証明していた。  信号待ちをしているとき、頭の悪そうな小学生数人がミドリさんの方を笑いながら指さしてきた。おれが怒鳴ってやると、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。  おれは車を頭から病院の駐車場に突っ込ませると、ミドリさんを抱えるようにして自動ドアをくぐった。病院の待合室の中は少しざわついていたが、おれたちを見たとたん水をうったように静まった。  受付の年配の女性がおれの服をつかみながら言った。 「動物を持ちこまれるのは困ります」 「この人は患者なんです。先生に診てもらいに来たんです」  受付の女性は怪訝そうに言った。 「どうみても猿じゃないですか?」     
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