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おれは一応相手の言葉に頷いておいた。おれだってもう二十も半ばになろうとしている立派な大人だ。空気を読むことくらいできる。
でも本当は納得してなかった。猿の前足の指にはきれいな指が十本きちんとついていたからだ。
百合香さんはそんなおれの疑問なんて気にすることなく、モデルみたいな足つきで仏間へと向かっていく。
自分では気づかなかったけれど、考え込むようなしぐさをしていたのだろう。猿がちゃんと教えてくれた。
「生前の私の話ですよ。死ぬ前の私には指が三本なかったんです」
教えてくれてありがとう。でも、生前? さあ、ますます分からなくなった。
夢の中にいるような気持ちで、仏間に行くと、百合香さんがおれのばあさんに向かって手を合わせている。あんなかわいい子に手を合わせてもらって、ばあさんも満足だろう。
今度は猿の番だ。さあ、見ものだぞ。
指のない(という設定の)猿の代わりに、百合香さんが焼香を済ませ、猿は手を合わせた。
おれはにやにやしながらそれを見ていた。もちろん相手にできるだけ表情は見せないように。
でも、そんなおれは次の瞬間、猿にごめんなさいと言うことになる。
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