猿の葬儀

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 家に帰ると、座敷に布団を敷き、ミドリさんを寝かせてやった。肩まで布団をかけた。顔に白い布をかけてやろうとしたそのときだった。ミドリさんの顔が死んだうちのばあさんそっくりの、人間の顔に見えたのだ。おれが見たミドリさんは笑っていた。ありがとう、そう言っているようだった。おれは知らぬ間に涙を流していた。やめろ、泣くな。おれはそう自分に言い聞かせた。また、ミドリさんに怒られるじゃないか。でも、おれの目からは次から次へと涙があふれ出し、止まらなかった。視界があっという間にかすんでいった。おれが両手の甲でそれを拭きとってしまったころには、ミドリさんはもとの猿の顔に戻ってしまっていた。  しばらく心を落ち着けてから、おれは死んだばあさんと、ミドリさんの二人分、仏壇に手を合わせた。こんなに心をこめて線香をあげたのは初めてだった。  その後、おれはミドリさんの遺体をどうするべきかを考えた。もちろん、家の中に遺体を置いておくのが嫌なわけじゃない。でも、このままにしておけば遺体は腐ってしまうし、かといって、犬猫や金魚のように無造作に庭へ埋めてしまうのも嫌だった。おれはきちんとミドリさんを弔ってほしかったし、弔ってやりたかった。  でも、世間一般の、常識をわきまえたやつらは、ミドリさんを人間扱いしたりなんかしないということを、おれは病院の一件で学んだ。まともな寺や葬儀屋はおれの話になんか耳も貸さないだろう。  だが、おれには一つだけ、たった一つだけ心あたりがあった。簡単なことだ。まともなやつらがだめなら、まともじゃないやつに頼めばいい。  おれの近くに小さな()れ寺がある。寺というよりもあばら家と言った方が適当だろう。屋根は雨漏りがしているし、床板も腐っているから、一歩一歩気をつけて進まなければならない。だけど、その寺以上に住職の方が腐っていることをおれは知っている。     
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