猿の葬儀

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 だが、騙されてはいけない。おれだけは知っている。あの生臭坊主の正体を。彼は、金品はほとんど受け取らないが、現物は受け取る。肉、魚、米、野菜、そして酒。たくみな話術で相手から信頼を勝ち取り、自分の欲しいものを引き出させてしまう。とんでもない俗物なのだ。それから、噂にのぼった幽霊の話、何が女の幽霊だ。ばかばかしい。あれはあの住職が連れ込んだ女の嬌声に他ならない。おれがあいつの黒い一面を発見したときすべて白状した。というより、全部話してくれたのだ。酒気を帯びた臭い息と一緒に。  あれは夏の暑い日だったと思う。死んだばあさんの使いで寺に行くと仏前で住職が昼間から酒をあおっていた。いつもおれたちが見ていた柔和な住職の姿ではなく、ただ下卑た三十男の醜態がそこにあった。住職はおれに気づくと、悪びれる様子もなく、「ばれたか」と舌を出して笑った。  それから、おれは住職と気安くするようになった。それからというもの、おれに対して住職は他の連中と話すときのような堅苦しい標準語でなく、彼のお国ことばである九州弁で会話をする。彼の本棚に仏典や「月刊住職」といった真面目で堅苦しい雑誌に紛れて、エロ本やAVを隠していることもおれは知っている。本当にとんでもないやつだ。坊さんの風上にも置けない。本人は、一休禅師に倣ったんだよ、とかもっともらしいこと言っているがおれはそんな言葉を信じない。あいつは最低のくそ坊主だ。それ以外の何者でもない。  だけど、どんなに彼を見下し、蔑んでいても、おれは住職を本当の意味で嫌いになれなかった。特に用事もないのに、仕事帰りの道すがら、住職の顔を見に、寺をふらりと訪れたくなる。これも一種の徳と言えるのだろうか。     
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