猿の葬儀

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 おれがそんなことを考えている間にも、住職の読経はまだ続いていた。もちろん、おれには、口に出されたところで経文の意味なんて分からない。だけど、その時の葬式で耳に入ってきたお経はおれの心にずしりと響いた。たとえ異国の言葉であったとしても、心をこめて読まれたものなら、そして心をこめて受け取れば、強い感情が呼び起されるのだと知った。住職の首筋は紅潮していた。汗もじんわりとにじんでいる。そして、おれは際限なく涙を流していた。ここでは恥も外聞もなかった。いくら泣いても、他の人の目を気にする必要がない。二人だけの、いや、住職が用意してくれた棺に納められているミドリさんも含めた三人だけの空間で、おれはむせび、声をあげて泣いていた。さまざまな今までおれの脇を通り過ぎていった人たちの思い出が、生きている時の様子が、そして死が、再びおれの横を通り抜けていった。  ミドリさんの葬儀が終わってから数日後、おれは住職に呼び出された。住職は手に陶器でできた瓶のようなものを持っていた。 「はい、これ。渡しとく」 「それ、何?」 「骨壺。火葬場で焼いてもらっといたから」 「どうやって……」 「シッ!」住職は口の前に人差し指を立てた。「あまり訊かんどって。担当の人間をなだめたり、すかしたりしてなんとかやってもらったっちゃけん」 「……分かったよ。もう訊かない。いろいろとありがとう」 「おっとまだ礼を言うのは早いぜ」 「どういうこと?」 「いいからちょっとついてこい」  住職の後ろについて歩くこと十五分、住職がようやく立ち止まったのは、親父や、おふくろやばあさんたちが埋葬されている墓地だった。 「何? 今から墓参り?」  おれは墓石の前で住職に訊いた。 「そっちじゃない。こっち」  おれは首をかしげながら、住職が向かう方へついて行った。墓石が立ち並んでいる場所を外れ、藪がうっそうと茂っているところに入っていく。 「ここ、ここ。ようと見てみい」  住職が指さす方を見てみると、そこには不恰好で小さかったけれど、墓としか呼べない代物が少し傾きながら立っていた。     
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