猿の葬儀

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 猿の目から水滴が伝って落ちたのだ。涙? 涙としか考えようがなかった。猿も泣くのだろうか。そんなことは猿の専門家でないおれには分からない。ただ、この猿の涙が、とおりいっぺんの口上を述べて帰って行った、他の弔問客のどの涙よりも真実味を帯びていたのは確かだった。猿の涙には悲しみの色が感じられた。暗闇に沈んだ深海に微かに降り注ぐ光、その光によって生じる濃紺にどことなく似ていた。  とりあえず心の中で謝った。ごめんなさい。あなたをバカにしていました。猿だと思って。  おれは、この人は、目の前にいるこの猿は「二階堂ミドリさん」なのだとはっきり分かった。それまでただのしゃべる猿じゃないかと疑ってたんだ。でも違った。  そうじゃなければ、二階堂ミドリさんという確固たる意思を持った一人の人間でなければ、ただの猿がばあさんの遺影の前で泣くはずがない。ばあさんとの思い出や、いろいろな感情があるから泣けるのだ。この目の前に立っている毛むくじゃらの生き物は、間違いなくおれのばあさんのいとこだった。  もちろん、何かに化かされているという思いはぬぐえなかった。自分が現実と幻想のはざまを行き来しているような気がした。でも、相手が人間である以上、少なくともその可能性がある以上、きちんとした対応をしなくちゃならない。  おれは態度を改めた。心の中でもちゃんと「ミドリさん」と呼ぶことにした。     
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