後書きという名の言い訳

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後書きという名の言い訳

 恥ずかしい。この一言に尽きます。  私が書いた初めての男性一人称小説です。  そのころ何を読んでいたか自分で丸わかりなのがさらに恥ずかしい。  坂口安吾の「風博士」に影響を受けて、ファルス的な手法を取り入れようとしていたり、東直己さんの「探偵はバーにいる」に影響を受けてハードボイルド的な小説にしてみようと四苦八苦していますが、うん、どれもギャグの域を越えていない(笑)  ミドリさんの長い語りのところも冗長ですし、葬儀のシーンもとってつけたようで、この作品が一切書評にあがらなかったのも、さもありなんと言ったところです。  ですが! 私は誰がなんと言おうとこの作品が大好きです。できの悪い子ほどかわいいものなのかもしれません。  二十歳のころに書いた処女作からこれだけは一貫しているのですが、死は生きている人たちのものだということ。生きている人たちが死をどうとらえるか、それは私の作品におけるテーマではありませんが、物を書く際の姿勢ではあります。  それが色濃く出た作品だからこそ、私はこの作品を捨てがたいのかもしれません。  この作品の世評はあまり芳しいものではありませんでした。  ただ、せめて、誰かたった一人の方がこれを読んで、心の中で「良かったよ」とつぶやいてくだされば、これにまさる喜びはありません。                                尾瀬 月都
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