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ミドリさんは深刻な顔をした、のだと思う。彼女の心は人間でも姿かたちは猿だったから、おれはうまく表情を読み取ることができなかった。でもその口調は申し訳なさにあふれていたから、たぶんそういう解釈で間違いないだろう。
「ごめんなさいね。そうとは知らなかったから。じゃあ、ずっと初枝ちゃんと二人で暮らしてたの?」
「そうですね。じいさんもぼくが物心つく前に死んじまってたから」
「仲が良かったんでしょうねえ、いいなあ」
百合香さんが横から会話に入る。
「いや、いつもけんかばかりでしたよ。靴はきちんと揃えろだの、箸はちゃんと片づけろだの、口うるさかったから。ぼくが二十歳を過ぎてもずっと同じ調子でした。ばあさんにとってぼくは、いつまでも小さいままの、まだ服すら一人で着れない孫のままだったんでしょうね」
「仲がいい証拠ですよ」百合香さんが言う。「仲がいいから、そういうふうにけんかもできるんです」
「あなた方も十分仲がいいように思えますけどね。普通、孫がおばあさんのいとこの弔問に来るなんてことしませんよ」
「確かにね。私たちは仲がいいですよ。私たちは」
猿と背の低い女性は顔を見合わせて頷きあう。
その微妙な言い方にどう対処していいか分からなくて、おれは黙り込んだ。
三人の間で長い沈黙が起こった。
その沈黙を破ったのはミドリさんだった。
「さて、そろそろお暇しましょうかね」
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