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「そうね。もうそろそろ時間だから。じゃあ、純一さん、お元気で」
百合香さんがおれに微笑む。
「じゃあ、ぼく、外まで送りますよ」
玄関を開けると、春の涼しい風がおれの頬をなでた。
「じゃあ、この辺で」
家の近くの交差点まで来たところで、百合香さんが頭を下げる。
おれも頭を下げ返す。
「そうだ。純一さん」
ミドリさんがおれを呼び止める。おれは近づいて、しゃがみ込んだ。ミドリさんはおれの耳元でささやく。
「お茶、薄かったですよ。あんまりお茶いれたことないでしょう。それから、お客様にお茶を出すときには、あんなになみなみとついじゃだめ。お茶器の六分か七分くらいでいいんですよ。あんまりいっぱいつぐとお客さんがお腹いっぱいになってしまいますからね」
おれはしばらくの間、小さくなっていく、一人と一匹の影を眺めていた。
引き返して、自宅の玄関のドアを開けると、正面の鏡におれの顔が映っていた。
あの、おせっかいな猿め。鏡の中のおれはそう言っていた。おれは慌てて出したままになっていた舌を引っ込めた。
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