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淀んだ赤い空。
底の見えない黒い水で満たされた川。
六人の乗客を乗せた手漕ぎ舟が、ゆっくりと川を渡る。
櫂を巧みに操り、無機質な表情の青白い顔をした船頭は、乗客のことなど見えていないかのように、遠く対岸の船着場だけを見据えている。
乗客は、年配の男が二人、若い男が一人。老人一人と、若い女が二人。
誰も口を開こうとしない沈黙の時間。
最初に口を開いたのは、若い男だった。
対面に座る若い女に話しかける。
「ねえ、君はどんな理由で死んだの?」
問いかけられた女は、ぼんやりした表情で若い男を見た。
「私は……」
若い女が言いかけたところで、若い男の隣に座っていたもう一人の若い女が不機嫌そうな口調で割って入った。
「どんな理由だって関係ないわよ。この舟に乗ってるんだから、ろくでもない死に方したんでしょ?三途の川の向こうは地獄が待ってるのよ」
その言葉に、若い男はあからさまに不満げな顔をする。
「それは、俺への当てつけか?夫婦喧嘩が過熱して階段から落ちて死んだ俺への」
若い男の強い口調に若い女はフンと鼻を鳴らす。
「あんたは自業自得。それよりあんたに散々暴行された上に巻き込まれて一緒に死んだ私の身にもなってよね。そんなだから地獄へ堕ちるのよ」
「何言ってやがる。自業自得はお前だろ!喧嘩の原因はお前の浮気じゃねーか。パート先の店長といい仲だったんだろうが」
若い男は今にも掴みかかりそうな勢いで隣の若い女を睨む。
「何よ、この暴力男!また殴る気?店長は、あんたの百倍いいわ!」
「何だと!?」
若い女の胸ぐらを若い男が掴み、睨みつける。
今にも殴りかかりそうなその右手を、それまで黙って聞いていた年配の男の一人が掴んで止めた。
「まあ、落ち着いたらどうだ。女性に手をあげるなんて最低だぞ」
「ああ!?」
若い男は振り返って睨みつけるが、掴まれた右手はビクともしない。
「ほら、あんたなんか店長の足下にも及ばないのよ」
若い女が嘲るように笑う。
「なんだと!?こいつが、その店長かよ!」
「ああ、いかにも」
「ふざけやがって、人の嫁に手を出すようなゲスが紳士ぶるんじゃねえよ」
「その通りです」
若い男の言葉に、ぼんやりした方の若い女が同意した。
「その男はゲスです」
淡々とした口調ながら、その言葉は容赦なく辛辣な断定だ。
「私の大切なミーコを轢き逃げした……」
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