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その恨めしそうな表情に、年配の男がたじろぐ。
「確かにあの猫を車で轢いてしまったのは私の過失だが、だからといって私の家族全員をローラー車で圧し潰して殺した君の方が、よっぽど外道だ。狂ってるとしか言えんよ」
「私の家族を奪ったから、あなたの家族を奪っただけ」
物静かな口調に宿る狂気に、若い男はそれまでの怒りを忘れて息を飲む。
「あ、あの一家ローラー車圧死事件……」
若い男が怖れるように身を引くのと反対に、それまで少し離れた場所にいた男が立ち上がって近づいてきた。
「お、お前が真犯人か!おまえのせいで俺は殺人鬼呼ばわりされて全てを失ったんだ!」
肩を怒らせて激昂する男に一同の視線が集まる。
「ああ、あなたテレビで見たことあるわね。あの事件の犯人ってことで最初に捕まってた人」
「そうだ、確か証拠不十分で不起訴になったんだっけな。やっぱりあんた犯人じゃなかったわけだ」
若い男がうんうんと頷いた。
「当たり前だ。なんで俺がそいつの家族を殺さなきゃならないんだ!」
「でもテレビで報道されてたけど、会社のお金を横領していたんでしょ?殺された女の人は経理で、それがバレて殺したって言われてたよね?」
「横領は事実だが、だからと言ってあんなことするわけがない。殺人の方は不起訴になっても、横領がバレて解雇され、会社からは損害賠償請求された。再就職先もなく、殺人犯疑惑もなくならず……俺はビルの屋上から身を投げたんだ」
「あんたも自業自得じゃない」
「お前に言われたくないぞ。浮気女が」
「おい、おっさん。人の嫁を浮気女呼ばわりするんじゃねぇよ」
「事実だろうが」
暴力男と横領男の言い争いの中、轢き逃げ店長が舟の端に座る老人に問いかけた。
「ご老人、あなたは、どのような理由で死んだのですかな?どうやらこの舟に乗っている全員が何らかの関係がある者ばかりのようだが?」
問われた老人は、ゆっくりと顔を上げて、ローラー女に視線を送った。
「そこの女に聞けばわかる。のう?」
クックックと含み笑いをする老人は、先の女よりもさらに狂気じみていた。
今度は全員の視線がローラー女に集まった。
ローラー女は明らかに動揺していた。
視線は泳ぎ、小刻みに肩を震わせている。
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