第1章 時名 しずく

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ぶうん.....ぶん..... ...ぶっ 蚊が、鼻の上をかすって僕のくちびるに静止する。 そのこそばゆさに、思わず目を覚ます。 さっきまでいた心地よい世界から、 体の神経がまるごと引き剥がされた気分だ、、、 静かな、静かな夜の出来事。 じっと、蚊を見つめる。 どうやら、敵は譲る気がないらしい。 「.....」 僕はそれを舌に慎重に、慎重にはりつけて、それから、舐めるようにそっとすくいとった。 ゆっくり、ゆっくり咀嚼する。羽根が、パリパリといていて海老の尻尾が薄くなった感じだ。 脚が歯に挟まって、心地わるい。 味は、苦かった。 たぶん、誰のかもわからない血が僕に染み込んでいると思う、、。 自分から飲み込んでおいてなんだが、 ただただ気分が悪かった。吐きそうだった。 独特の、形容しがたい緊張感が、張り詰めていた。 不快感と同じくらい、興奮した。 他人と自分が、違うという特別感に浸った。 それが僕の快感に直結する。 時刻はもう深夜と早朝とも言いがたくて、眠気も一周まわって、頭が冴えていた。 窓に取り付けられたカーテンの隙間を通して、 街灯が、僕の部屋を青白くしている。 もし誰かがそばにいたら、僕のことを、不気味な目で、蔑みの目で、見てくれるだろうね。 でも、意味無いよ。 だって、どんなに人と違ったことをしても、 君は、君だけはもう、見てくれはしないんだから。 そんな、現実が、重い。僕には重すぎた。 なんだろう。虚無感なんだろうか。 心の中にある言葉を表すのは、難しいよ。 感情を表す言葉は沢山ある、 それを、いくつもいくつも積み重ねて、人は、誰かに感情を伝えようとする。 でも、そんなこと不可能だ。 それは、言葉は感情を伝える手段でしかないから。 感情は、言葉で出来ていないから。 でも、これは僕の素直な願望だ。 僕はもう一度、時名 しずく に会いたい。
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