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え......。
状況が飲み込めない。何が起こってる?
入ってみようかな。なぜかそう思った。そしてそう思うと無性に入りたくなってきた。
活子は海の中へ入っていった。なにも考えずに何かに背中を押されるような感覚を覚えながら入った。不思議と水の冷たさは感じなかった。
景色が変わった。海の色が青から橙に変わりヤシの木が横目に映った。後ろに町の気配を感じる。
(あれ?私何をしていたんだっけ?)あれ?思い出せない。
ふと、足に違和感を感じた。視線を下ろし足を見て――心臓が跳ねた。ぶわっと鳥肌が立ち背筋を冷たい液体が流れる。走って砂浜に戻りサンダルを履いて大急ぎで海から離れた。心臓はまだ暴れている。
海の中にいた。目を開けたとき、海の中にいたのだ。太ももまで水に浸かりながら、活子は呆然と立っていた。そのまま海に体を沈めてしまいそうだった。
怖かった。ただただ怖かった。海は私の心の中を読んでいたのだ。私を殺そうとしてくれたのだ。
海は、生きていたのだ。
なぜか私は悔しくなり涙を流した。
***
「あ、ママだ。おーい。」
子供の声が新宿の夕空にこだまする。静夫は慌ててスマホをしまった。子供の前でスマホをいじるな、と昨日言われたばかりなのにいじっているところを見つかったら何と言われるか。だが、妻の活子の姿はいっこうに見えない。
「え、どこ?どこにママいるの?」
「えー、みえないの。あそこだよ、おーい。」
通行人が非難するようにこちらを一瞥する。静雄は身を縮めて目をこらす。いた。二つ先の信号で足を目一杯広げて大きく手を振っている。
通行人が非難するようにあちらを一瞥する。いくつか舌打ちも聞こえた。静雄は恥ずかしくなって目をそらした。
「すごいねーあんな距離からママのことわかるんだ。」
静雄は素直に感心した。同時に、パパのこともそのくらい気付いてほしいのになあ、とも思った。
活子が近づいてくる。
「お待たせ、じゃあ行こっか。」活子が言った。
「うん」静雄はうなずいた。
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