海外旅行

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 マリーゴールド色の夕日がゆらゆらと海へ潜っていく。太陽から海を伝って一直線に伸びた光が活子の体を赤々と照らし、なだらかな砂浜にくっきりと黒い影を作る。活子は浸していた足を海から出した。乾いた砂が濡れた足に化粧を作る。波は依然として、打ち寄せ、引き揚げ、を繰り返し砂を翻弄している。  海は生きている、こう言う人が少なくないが空の色に合わせて色を変え無機質に波を規則的に岸へ送るこの海は生きているのか死んでいるのか全然分からない。  明日の今頃は空港で日本行きの飛行機を待っているだろう。憧れていたこの海も今ではもう、見慣れた街の景色の一部になってしまった。  そろそろ戻ろうかな、時間を確認しようとスマホを開く。するとタイミングよく着信を知らせた。発信先を見て――心臓が跳ねた。頭の中を冷たい風が吹き抜け、目の前が真っ白になった。  「明日、活子のお別れパーティーをみんなでやりたいんだけど空いてるかな?忙しいと思うから午前中だけだけど」  アレックスからだった。なんで。どうして。嫌な汗が毛穴という毛穴から噴き出す。  「ごめんなさい。行けないです。」  震える手でやっとのこと打った文字は、にじみ出した涙でぼうっと霞んでいた。  ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。  あの日の出来事が、あの時の彼の表情がぐるぐると頭の中を回りだす。あんなに酷いことをしたのに、あんなに彼を傷つけたのに、なんでこんなに優しい言葉をかけてくれるのだろう。そんな彼に私は何て言って話しかけられるだろう。合わせる顔が思いつかない。大粒の涙が頬を伝い砂にまみれた足に水玉模様を作る。  また、スマホが震えた。  ごめんなさい、かすれた声で呟き活子はバッグにスマホをしまった。  ひとしきり泣いた後、また海を見つめた。相変わらず波は規則的だ。  その時、強い風が吹いた。  砂が舞う。思わず目をつぶる。ヤシの葉が不吉な音を立てた。ワンテンポ遅れて大きな波が到着する。目を開けた。  夕日の光が一直線に目に届いた。眩しい、と目をそらした時、あることに気が付いた。  音をたてていたヤシの木が消えていた。灯っていた町の光が消えていた。辺り一面に広がっているのは......海だった。海だけの世界になっていた。  海だけの世界になっていた。
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