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女性が、仏壇に向けて合わせていた手を、ゆっくり下ろした。二本立てていた線香はすっかり燃えて、煙ばかりが漂っている。その煙の最後の筋がユラリと揺れて空気に馴染むのを匂いで悟ると、彼女は視線上げた。その先にあったのは、彼女の母の遺影だった。
まだ若いその遺影の姿は、彼女と瓜二つで、年の頃も近い。ただすっかり色褪せてしまっているせいで、どこか寂しげだ。
「お母さん、わたし、明日結婚します」
そう言って、彼女は唇を噛んだ。胸には様々な思いが去来して、言わなくては、という想いだけが残った。
「この家を出るの…今までありがとうございました。あの日、ごめんなさい」
涙が落ちるのを我慢した。母の形見の、すっかり草臥れてしまった髪留めを握りしめた。
雨 が嫌いだ。
だけれど、娘だけでも助かって良かった。
おめでとう。
母の優しい声を聞いた気がして、彼女は涙を堪えきれなかった。
季節は梅雨。奇しくもその日も雨だった。
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