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あわくあわく ほしのふる
プロローグ
今年19歳になる青年が店主になるのは、今日、この日。
大きなため息ともとれる深呼吸を、closeの札がかかった扉の前でひとつ。
「よし!」
気持ちを鼓舞し、closeの札を裏返す。
父の目が見えづらくなってきたと伝えられたのが、約2年前。本格的に業務に差し障り始めたのは半年前くらいだ。
その間はひたすら父の近くで独り立ちの準備をするために必死だった。
小さい頃から教えてもらっていたこともあったが、改めて時計の構造や部品の作り方を教わるのは新鮮な緊張感があった。
「これが竜頭、ここの歯車が錆びてる時は大抵お客は『時計が巻けなくなった』と持ち込んでくる。そんでこれが...」
父はねじや歯車をひとつずつ説明し、グリスに組み立てを見せていく。その姿は職人そのもので、眼窩にはめたスコープも様になっている。
パチンという子気味のいい音を響かせ、父は時計の裏蓋を閉めた。
「さ、これで完成だ。巻いてごらん。」
手渡されたゼンマイ式懐中時計の竜頭を巻く。チチチ....というネジが巻かれている音が手の中に振動として伝わってくる。
最近の流行は真鍮だが、父がグリスのために一から組み上げた時計は銀時計だった。
「この時計はお前にやろう。そんな心配するな、お前なら上手くやれると信じてるよ。」
巻き終わって竜頭を押し込むと、止まっていた時計の秒針が時を刻んでいく。
時計屋『アグノエル』は、こうして動き始めた。
若き店主、グリス・アグノエルは大きな緊張のもと、店の扉を開いて空気を入れ替える。
埃が差し込んだ日差しに反射して輝いていた。
自分の店を見渡す。
美しく磨かれたガラスの什器の中には、真鍮やシルバー、ゴールドの懐中時計が並んでいる。
そのどれもに美しく精巧な細工が施されていた。
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