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「なぁなぁグリス!散歩行きたい!散歩!さーんーぽ!」
ミメルがグリスの腕を両手で掴み揺する。
「最近天気が悪かったですし、今日はいいお天気で気持ちよさそうですよ。」
レディアが助け舟を出すと、ミメルは「そうだそうだー!」と楽しそうに囃した。
「じゃあ、少しだけ昼休みを長くとろうか。」
グリスの住んでいる街はさほど大きくはないが、修理の仕事は父の腕が確かだという声を聞いて一定数入ってくる。
遠方からわざわざ訪ねてくる者もいるほどだ。
そんなプレッシャーに耐えかねた甘えでもあるが、そうでもしなくては気が持ちそうにない。
「わぁ!やった!」
ミメルの紫色の瞳が輝く。
「…でも、そろそろお客さん来るよ。」
水を差したのはイルナの一言だった。イルナはいつも、少しだけ先の未来をグリスに教えた。
「いよいよか…。」
「大丈夫ですよ、グリス。大丈夫。」
緊張したグリスの手をレディアは優しく握る。彼女の体温はグリスよりも少し高かった。
あたたかく小さな手のひらが、不思議とグリスの心を落ち着かせた。
「おまえたち、作業代の裏に」
隠れて、といい終わる前に門扉が開かれ、カランという乾いたベルの音が店に響いた。
店に入ってきたのは推定二十代半ばの女性だった。
「あのう、時計を直して欲しいのですが…。」
女性は顔を曇らせ、どこか寂しげな顔をしていた。その憂いを晴らすように、グリスは女性に笑顔を向ける。
「いらっしゃいませ。アグノエル時計店、店主のグリス・アグノエルと申します。奥の席でお話を聞かせてください。」
女性は一度頷くと、グリスに促されるまま席へとついた。
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