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子供たちはその女性には見えていないようだった。
父に時計の分解修理、オーバーホールを教えてもらっていたときにも薄々感づいてはいたが、どうやら子供たちが人に見えるようになるのは、子供たちの意思で決められるらしい。
その証拠に、長いすの中央に座った女性の右にレディア、左にミメルが座り、グリスの左側にはイルナが座って女性を見つめている。
「あの、私、大事にしてた時計を落としてしまって…、直して欲しくて…。」
女性は言葉を探しているようだった。どう説明したらいいのか迷っているらしい。
「その時計を見せていただいても?」
「はい…。」
女性は持っていたバッグの中からフレームがひしゃげ、ガラスの割れた真鍮の時計を取り出した。
『これは、落としたっていうよりも…』
イルナがその時計を見てぽつんとつぶやくように言った。
『なんか、すげー勢いで叩きつけた感じだよなぁ。』
それに答えるようにミメルもまじまじと時計を見つめている。
『この人とっても悲しいんですねぇ…。』
『そろそろ怨恨に変わるかもね。』
イルナの口から発せられた『怨恨』という物騒な言葉を気にしないようにし、懐から取り出した白いグローブを嵌めて時計を持ち上げる。
フレームの曲がり方から見て、ミメルの言ったように叩き付けてしまったことは間違いないだろう。
そして長い間放置されていたのか、色はほとんどくすみ、ところどころ金色が残っている状態だった。
「だいぶ歪んでしまっていますね…。ぜんまいは裏蓋を開いて中を見てみないと修繕が可能かはわからないので、このままお預かりしてもよろしいでしょうか?」
「はい、その、この時計が直るのなら…お金は気にしませんので…。」
「わかりました、できるだけ部品を残しつつ修理させていただきます。」
その他、修理に関する説明に女性は納得すると、グリスの差し出した依頼表に整った文字で必要事項を記入していく。
女性の名前はシェリーというらしい。
「それでは、修理が完了しましたらお手紙を差し上げますので、今しばらくお待ちください。」
記入漏れがないかを確認し、控えの受領書をシェリーに手渡した。
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