クチュン、と天使みたいな小さなくしゃみ

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第一春一が庇ったのは、見も知らぬ女の子じゃなくて、実弟の秋哉だ。 春一は、自分の身内を庇ってドジを踏んだだけ。 それなのにヒーローみたいに祭り上げられても、まったく見当違いだし、いい迷惑だ。 だけど春一が何度そう言っても、誰も耳を貸してくれようとはしない。 世の中は颯爽と現れたイケメンヒーローに、大はしゃぎしているそうだ。 『イケメンヒーローって誰だよ』 春一はうんざりするが、病院の前には、春一を取材しようと報道陣が山ほど押しかけている。 春一自身が出版社に所属する人間なのだから、後で社からコメントを出すと言っても、詰めかけた人や車が減ることはない。 このままでは病院にも他の患者さんにも迷惑がかかると、春一は早々に退院を申し出たのだが、 「いま外に出ると、かえって大騒ぎになりますよ」 逆に、病院から留め置かれてしまった。 「大丈夫です。来生さんを当院で治療できることは、私どもにとっても栄誉なことですから」 そう言って、病院で一番良い個室まであてがわれている。 混乱を避けるためには仕方がないが、24時間完全看護で、家族以外は面会謝絶の部屋。 しかし、退院する時の入院費が気になって、家族がいる春一はどうしても落ち着けない。 格好悪くてそんなこと口に出せないが、それでも食べ盛りを抱えた来生家の大黒柱としては、出費額は重要な問題なのだ。 見舞いにくる鈴音には毎回泣かれるし、貯金は吹っ飛びそうだし、怪我なんかしたせいで、春一はずいぶんな目にあっている。
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