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夏樹は、自分に正直になりさえなれば、今よりずっと楽になれる。
鈴音を好きだと公言しているクセに、春一に会わせようと仲間に頼んでジムを貸し切りにしたり、春一にお伺いをたてたり、いらぬ労を執る。
今だってトレーナーのことが気に入らなければ、さっさと勝手に割って入ればいいのだ。
「……おい」
春一と並んで、鈴音に声をかける夏樹を、春一は目を細めて眺めやる。
『本当なら、俺よりずっと上手く立ち回れるはずなのにな』
器用にみえて、実は不器用な次男だ。
ストレッチに夢中なのか、最初鈴音は夏樹に呼ばれたことに気がつかなかった。
だから今度は春一が、
「鈴音」
呼んでやれば、パッと顔をあげる鈴音。
鈴音の背中に手を添えていたトレーナーも、ようやくふたりに気づいて、
「!」
ギョッと目を見開く。
「――その手を離せ」
背中を押された状態から首を捻って顔をあげる、なんて不自然な体勢から鈴音を解放するために、夏樹は低い声でトレーナーに命じる。
もっともだけど、指を組んで鳴らす必要はない。
「え、あ――、ハイ!」
可哀想にトレーナーは、危険物にでも触れていたように、大きくバンザイした。
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