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事務所にすごすごと引き上げるトレーナーの背中を見送って、
「夏樹ってば、何もあんな言い方しなくてもいいじゃない。ただストレッチしてただけなんだから」
鈴音は咎めるが、その響きはやっぱりどこか嬉しそうだ。
当たり前だ、と夏樹は思う。
そもそもジムには春一に会うために来たのに、何故かふたりはあまり話そうとしない。
最初こそ感極まったように寄り添っていたが、それだけだ。
再会のハグもなければ、チューもなし。
目的を考えればフィットネスなんか、そんなのどうでもよかったはずだ。
鈴音だって、ダイエットを言い訳に使っていただけ。
それなのに、不器用にもトレーニングするマジメなふたりに、夏樹はちょっとイラつく。
「あんな言い方も何もねえよ。こっちは不愉快だ」
自分だけムキになっているような気がして、イタズラしてやりたい気持ちになった。
だから、ことさら色気を含んだ視線を鈴音に向けて、
「それとも鈴音、俺らを妬かせて煽るつもりだったのか?」
ついでに春一を振り返る。
鈴音を引き起こしてから、ずっとその手を握ったきりだ。
さぞかし嫉妬に耐えているだろうと兄の顔を見るが、
「……」
拍子抜け、した。
春一は、
「そうだな。鈴音のトレーニングなら夏樹に見てもらうのがいいな」
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