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春一がひとり階下に降りていってから、もうずいぶん時間がたつ。
その間ずっとサンドバッグを殴りっぱなしだったとしたら、いくらグローブをしていても拳ぐらい壊れる。
春一のパンチ力は並じゃない。
「ああ悪い、夢中になってた」
春一は言うが、拳を壊しても気づかないほど夢中になるだなんて普通じゃない。
明らかに変だ。
いったい何に囚われていたというのか。
春一はふと何かに気づくと乱暴に腕を振って、掴んでいた夏樹の手から逃れた。
秋哉や冬依、鈴音もいつの間にか側に来ている。
血が見えないように、春一は傷ついた拳を己の背中に隠して、
「……春さん?」
恐る恐るといった様子で呼びかける鈴音に、
「ん、何だ?」
いつもと同じ、穏やかな笑顔を向ける。
鈴音は安心してホッと息をついた。
気配に怯えていた冬依も、
「ここなんだかムワッとするね。窓がないからかな」
冷や汗で張り付くTシャツを指で引きはがしながら文句を言う。
憎まれ口をたたけるならいい。
気配に敏感な冬依が警戒を解いた証だ。
「ボクここイヤだ。気分がめいってくる。もう上にあがろうよ春兄」
それでも春一を誘うのは、この地下という空間が兄をおかしくさせるとでも思ったのか。
換気はしているみたいだが、何とも言えない獣臭さが辺りを漂っている。
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