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時は少し遡り、スポーツジムから戻った一向
少し時は遡り、スポーツジムから帰ってきた夏樹、秋哉、冬依、それから鈴音は、しばらくの間、誰も口を開く気にはなれなかった。
ひとりで去って行った春一の背中が目に焼き付いている。
春一が最後に告げた言葉がぐるぐると頭の中で繰り返される。
「ごめん鈴音。俺と別れてくれ」
その響きまで鮮明に思い出せるけれど、でも、信じたくない。
弟たちはただ習慣でダイニングの自分の椅子にぼんやり座って、いつもなら鈴音が、
「お茶でもいれましょうか」
声をかけてもいいはずなのに何も言わず……。
みんなぽっかり空いた春一の席を目の端に捕らえている。
直接、椅子を見ることは出来ない。
ここにあの存在感が無いことを認めたくない。
仕事で留守であっても、確かにあった春一の気配が、今は何故かまったく感じられない。
「もう話すことはない」
春一が自分で拒絶したからだ。
そして自ら告げた、
「さよなら」
の言葉。
家族に別れなんて無いと思っていた。
どんなに切ろうとしても切れないのが家族。
なのに、春一の意思だけで一方的に切られてしまった絆。
家族という関係は、こんなにも脆く危ういものだっただろうか。
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