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ふむ。
見たり会ったりした経験はありませんが、そのような存在があるのは知っています。
彼女の目の前には昨日預かったお召し物がありますから、その関係の方でしょう。
なにやら納得できたので、視線を外して戻ろうとしますと、
「──これをどうするつもり?」
声がしました。
それなりに距離もあり、ドアを隔てているのにはっきりとした声でした。
私は再び小窓から中を見ました。
煙のような女性がこちらを見ているのが判りました。
全体は煙の様なのに、お顔立ちははっきりしています。
切れ長の目に、小さな口──ひと昔前でしたら、かなりの美人と評されるであろうお顔だと思いました。
私はドアを開け、中へ入ります。
「その打掛に思い入れがあるのですか?」
作業台には色打掛が置いてあります。
「これは私の物だ、これを切り刻むような真似は許さない」
切れ長だった瞳が大きく見開かれて、さすがに少し怖かったですが、私は答えます。
「申し訳ありません。その色打掛は大分傷んでしまったので、ドレスにできないかと相談されたのです、デザインが決まったら解体させていただきます」
私が言うと女性は口を大きく開けました、驚いたようです。
「どれす……?」
それはなんだ、と言う口調でした。
私は微笑み答えます。
「西洋風の丈の長いお召し物です、帯などは使わず着られます、着物よりもゆったりと楽に着られるものですよ?」
それでも判らないと言う瞳をされています、どうも想像力の限界の様ですね。
「その打掛は大層古いものですが、とても大事に扱われてきたと判ります。歴史のあるお召し物と推察しておりましたが、あなたのものなのですね。よかったらそのお話を聞かせてもらえませんか?」
私が言うと、彼女の瞳は哀し気に潤んで、俯きました。
作業台に広げられた色打掛をじっと見てから、ゆっくりと話しを始めてくれました。
「──これは、私の婚礼衣装」
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