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「これからもですよ。そのお着物は形を変えてもずっと花嫁を祝福し続けます。あなたも変わらず、そばにいて見守ってください。私も精魂込めて作業を致します」
途端に彼女の目から、涙が零れました。
もっともそれは頬を伝うことなく、目から落ちると儚く消えてしまいます。
「死にたくなかった」
「はい」
「私を棄てないで」
「判りました、端切れひとつも大事に致します」
「ずっとそばにいたかった」
「はい、あなたのお気持ちは今の持ち主に伝えておきます」
「あの幸福な時間をもう一度──」
「花嫁にその気持ちを託していらっしゃんですね。そして、皆幸せな毎日を送れているんです、素敵な事ですね」
私が言うと、彼女ははかなく微笑みました、
「これからもおまかせ致します。この衣装は幸せに満ち溢れる花嫁達を彩り続けますから」
彼女は笑顔のまま、すぅっと姿を消しました。
***
それから、お預かりした一カ月は、ずっと彼女を存在を感じていました。
作業を始めてまもなくのある夜中に、そっと様子を見に降りると、淋し気に作業台の上の切り刻まれた色打掛を見下ろしていました。
しかし、それに待ち針を打ち少しずつドレスの姿を現すと、すぐ近くで弾む心を感じました。喜んでくださっていると判ります。
またある夜に見に行くと、ドレスを着たトルソーの周りをぐるぐる回っているの彼女がいました。
やはり女性ですね、服にご興味がおありなのでしょう。
仮縫いを終え、トルソーに着せようとしますと。
ふわりと何かが頬を撫でました、まだ昼間なのに。
視線を感じてそちらを見ますと、彼女がすぐ近くで微笑んでいました。
「──喜んでくださっているのですか?」
聞くと彼女は笑みを深めます。
「よかったです、あなたに気に入っていただけて嬉しいです。とてもやりがいのあるお仕事でした」
ずっと監視されているようでしたが。
彼女が頷き、気配が遠退こうとしているのを感じました。
「あの、お名前を伺ってもよろしいですか?」
慌てて聞くと、微かに彼女の唇が動きます。
くに
聞こえたのか、唇を読んだのか判らないですが、それが彼女の名前だと判りました。
「くにさん、お会いできて嬉しかったです」
言うと彼女は微かに首肯して、ふわりと姿を消しました。
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