【婚礼衣装】

5/6
前へ
/6ページ
次へ
「これからもですよ。そのお着物は形を変えてもずっと花嫁を祝福し続けます。あなたも変わらず、そばにいて見守ってください。私も精魂込めて作業を致します」 途端に彼女の目から、涙が零れました。 もっともそれは頬を伝うことなく、目から落ちると儚く消えてしまいます。 「死にたくなかった」 「はい」 「私を棄てないで」 「判りました、端切れひとつも大事に致します」 「ずっとそばにいたかった」 「はい、あなたのお気持ちは今の持ち主に伝えておきます」 「あの幸福な時間をもう一度──」 「花嫁にその気持ちを託していらっしゃんですね。そして、皆幸せな毎日を送れているんです、素敵な事ですね」 私が言うと、彼女ははかなく微笑みました、 「これからもおまかせ致します。この衣装は幸せに満ち溢れる花嫁達を彩り続けますから」 彼女は笑顔のまま、すぅっと姿を消しました。 *** それから、お預かりした一カ月は、ずっと彼女を存在を感じていました。 作業を始めてまもなくのある夜中に、そっと様子を見に降りると、淋し気に作業台の上の切り刻まれた色打掛を見下ろしていました。 しかし、それに待ち針を打ち少しずつドレスの姿を現すと、すぐ近くで弾む心を感じました。喜んでくださっていると判ります。 またある夜に見に行くと、ドレスを着たトルソーの周りをぐるぐる回っているの彼女がいました。 やはり女性ですね、服にご興味がおありなのでしょう。 仮縫いを終え、トルソーに着せようとしますと。 ふわりと何かが頬を撫でました、まだ昼間なのに。 視線を感じてそちらを見ますと、彼女がすぐ近くで微笑んでいました。 「──喜んでくださっているのですか?」 聞くと彼女は笑みを深めます。 「よかったです、あなたに気に入っていただけて嬉しいです。とてもやりがいのあるお仕事でした」 ずっと監視されているようでしたが。 彼女が頷き、気配が遠退こうとしているのを感じました。 「あの、お名前を伺ってもよろしいですか?」 慌てて聞くと、微かに彼女の唇が動きます。 くに 聞こえたのか、唇を読んだのか判らないですが、それが彼女の名前だと判りました。 「くにさん、お会いできて嬉しかったです」 言うと彼女は微かに首肯して、ふわりと姿を消しました。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加