新居と横断歩道

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会社に着くと面接官をしていた男にオフィスまで案内された。 中に入るとまだ時間ではないからか、ゆったりした時間が流れている。 「お、新入りか?」 どこか飄々(ひょうひょう)とした中年男性が好奇心を見え隠れさせながら近づいてくる。 「はじめまして、今日からこちらで働かせていただきます。橋本圭太と申します。よろしくお願いします」 圭太が挨拶をして頭を下げると、中年男性は懐かしむような目で圭太を見た。 「はははっ、真面目くんだねぇ。俺は佐伯純二(さえきじゅんじ)っていうんだ、よろしくな」 「はい、よろしくお願いします」 圭太はその後、あちこちで何人かで集まっている先輩方に挨拶をして回った。 (……で、最後は) 圭太は最後のひとりを見て気が重くなった。 誰とも話をしようとせず、ひとりでパソコンに向かって仕事をしているひどく痩せこけた中年男性。 その目に光はなく、絶望感が漂っている。 「あ、あの……お仕事中すみません……」 「橋本圭太くんね、聞こえてた」 中年男性は圭太に目もくれず、つまらなそうに言った。 「はい、よろしくお願いします」 圭太が頭を下げて丁寧に挨拶しようが、彼は仕事を中断するような素振りを見せない。 「そろそろ仕事開始時間だ。橋本、こっち来い」 圭太が中年男性に困っていると、佐伯が手招きをした。 「はい」 圭太のデスクは佐伯の隣で、佐伯は丁寧に仕事を教えてくれた。 10時になると休憩の合図が鳴る。 「よし、一服一服。橋本、お前煙草は吸うか?」 「はい」 「んじゃ行くか」 圭太は佐伯に連れられ喫煙所へ行く。 喫煙所の中には自販機があり、佐伯は缶コーヒーをご馳走してくれた。 「挨拶しても素っ気なかったじーさんいたろ?」 佐伯に言われ、圭太は最後に声をかけた中年男性を思い出す。
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