第2章 執着

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第2章 執着

 朝餉を済ませ房楊枝で丁寧に歯の掃除をしながら庭に下りると、先ず青紫色の朝顔が目に入った。    まめに侍女が水遣りをしていたのは知っていたが、近頃の暑さで萎んだように見えていたのに、中々朝顔とはしぶといものなのだと感心した。  朝顔の花は牽牛子(けんごし)の異名を持ち、その種子は古より漢方薬としての効能を認められてきた。  牽牛子と名付けられたのは、あまりにも高額で、種子を手に入れた者は牛を牽いて謝礼としたからだと伝わる。  さぞかし万病に効き大病もたちどころに治す特効薬なのかと思いきや、ただの下剤である。  牛一頭と引き換えにして手に入れたい程切実な便秘だったのかと考えてしまうが、体内の毒素を排出する事は健康維持には重要であるから、間接的効果で病が良くなると珍重されたのかもしれない。  本日は非番なので、のんびりと朝顔の花の数を数えた後は口を漱ぎ、水を浴びた後、居室に向かう。  やはり夏は生絹(すずし)(夏用の透け感のある着物)が軽くて心地良い。  生糸織りの張り感を楽しみながら、部屋に用意されていた生絹の小袖に手を通した。 「今日は何処に行こうか」  安土に来てから一月程、見るもの聞くもの全てが目新しい。  一日を無駄に過ごすつもりはなかった。        
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