第3話

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 二人は手を取りあって二の丸へと下りていく。二の丸史跡庭園は、ここ数年『恋人たちの聖地』と呼ばれ、夜になると美しくライトアップがされている。整えられた庭園をバックに新郎新婦が着物に身を包み、結婚式の前撮りを行っている姿もよく目にする。  元は藩主の生活の場だったこの二の丸はすっかり観光地として根付き、松川のデートスポットとして地元のカップルも訪れる場になっている。翼と菜々子も何度か二人で訪れた。入り口で入場料を払うと、今日の翼は脇目も振らずに大井戸を目指す。 「まって、翼。色々見ないの? 井戸? 水もないのに、なんで井戸なの……?」 「後で色々回ろ。とりあえず井戸。……うん、いい感じ。今日は透明だ。目もないし。はい、チェック終了。あ、見て菜々子。ここで、映画のロケしたんだって」 「映画……?」  翼が指さす先には、急ごしらえの立て看板に映画のポスターが貼られている。西洋人男性と、日本人生が女性が寄り添うポスター。そのとなりには簡単な説明書き。  映画の内容は、松川の捕虜収容所に連れて来られたロシア人将校と、この二の丸にあった陸軍病院の看護婦だった女性の恋物語。日露戦争の頃の話だ。  昭和になって発掘が行われ、この大井戸から二人の名前が刻まれた金貨が発見されたのだという。 「ああ、ラジオドラマになってたの聴いたわ。今度は映画になるのね。素敵なお話だった。結局は悲恋に終わったのよ。ロシア人さんがお国に帰っちゃって。あたし、結構本気で泣いたっけ……」 「菜々子はすぐその気になるからなあ。あれ、史実ではよく分かってないんだよ。コインが出てきたって事と、確かにその名前の人物が存在したってだけでね。そのロシア人が、半年は松川にいたのは間違いないらしいけど。実際付き合ってたかなんて分かんないよ。その女の子の片思いかも知れないしさ」 「えーっ、翼ったら、夢がない! 二人でコインに名前を刻んだのよ! で、別れの朝にこの井戸に一緒にコインを投げ込んだに決まってるじゃない! ああ、なんて素敵なラブストーリー。二の丸が『恋人たちの聖地』になる訳ね。ほら、やっぱり今日も前撮りの人達がいる……!」  広い広い庭園の真ん中で、赤い打ち掛けの新婦と羽織袴の新郎が寄り添っている。たくさんの関係者とカメラマン。翼は意地悪く鼻で笑う。
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