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「ばっかでー。そんな曰くがあるとこで前撮りなんかしたら、離婚確定じゃん。幸せになれそうな匂いがしないよ。まあ花嫁さんは綺麗だけど」
「なっ、なんて事言うのよ翼っ! 夢もなけりゃ希望もないじゃないっ。こんな、こんな素敵なラブストーリーの舞台で……!」
声を上げる菜々子と、肩をすくめる翼。翼は妙に現実じみている。泣ける映画を見ても絶対に泣かない、このひねくれ者。
「……もうっ。きっと二人は投げたのよ。綺麗な金貨に名前を刻んで。この深くて大きな井戸に、『もう一度ここで会えますように』って、願いをかけて……」
菜々子は切ないような目になって、井戸にまた目を遣る。まるでそこに、ロシア人将校と軍の病院で働く看護婦を見るかのように。やっぱり鼻で笑う翼。けれど菜々子につられ、大井戸に目を落とした時――。
「……あ」
菜々子がつぶやく。翼もその視線の先に、同じものを見つける。
「あれ、なんだろう。小さい金色、光ってる。井戸の底に、あれ、もしかしたらコインじゃないかな……?」
確かにそこに沈んでいる。ほんの少しだけ地下水が溜まった水の底に、金に煌めく綺麗な金属。まさか、そんな筈はない、と二人が目をあわせ、そしてもう一度井戸に目を遣った時には
「あれ? ……なくなってる。あったよね、金色の。すごく綺麗な、ぴかぴかのコインが……」
翼は口を閉ざすと一瞬考える。井戸の中にあちこち目を遣り……そして肩をすくめる。
「ビールの王冠じゃない? なんかの光が反射したんだよ。ああ、あっちい。菜々子、下りよ。どっかでビール飲も」
「えーっ、王冠じゃないよ! 綺麗に光ってたもん! 翼も見たでしょ? あれはコインだってば!」
「違う違う。ビールを飲めという天の啓示だよ。唐揚げに生ビール。昼間っから贅沢だなー。ほら花嫁さん綺麗。菜々子があんなの着たらもっと綺麗だろーなー」
「……もうっ。待ってよ翼! せっかく二の丸来たのに! ビールに唐揚げって、全然ロマンチックじゃないじゃない……!」
翼は笑って菜々子の手を引く。
男……男だ。あのコインを見つけた事に、気付いている男の気配を感じる。どこにいるのかは分からない。早くこの場を離れなければ。
菜々子は見てはいけないものを見た。翼と付き合うこの7年間で、菜々子の感覚は研ぎ澄まされ。
かなり鋭い、霊能力を携えるようになってしまっているのだ。
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