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第4話
今日は夕方から翼がバイトに入る。焼けつく道前の街は、土曜日とは思えない程に閑散としていた。
「おっつかれっ。宗ちゃん、昨夜は急にごめんね。いやー暑い。俺、ビール飲んできちゃったよ」
宗一郎とさくらはレジで小冊子に目を落としている。店内に客はいない。出勤してきた翼に目を上げ微笑んで、宗一郎が口を開く。
「昼間っから羨ましい話だな。酔いは覚めてるか? お疲れ様。今日もよろしくな」
「翼、おっさんじゃないんだから。陽が出てるうちに飲酒とかやめなさいよ。にしても昨夜ってなに? 二人でなんか楽しい事でもしたの?」
「まあねー宗ちゃんちで飲み会だよ。いいでしょー。ごめんねさくらを誘わないで」
ええっずるい! とさくらが声を上げるのを聞きながら、翼は背中に背負ったバックパックを下ろす。その中からタオルに包んだ鞠を取り出して。
「触って。ちょっと温かいんだ。光ってるでしょ? もうすぐ割れるよ、この卵」
宗一郎に手渡す。それを大事な大事なもののように手にする、宗一郎。
「うわ。ホントだな。中から光ってる。なんか、動いてるみたいな……」
「きゃあ、牡丹ったらこんな可愛い卵で温もってたの? 小さい鞠、うちの店にもあるじゃない。お兄ちゃん、私にも触らせて……」
さくらもそっとその鞠を撫でる。絹糸で美しい幾何学模様が描かれた、赤い鞠。さくらが触ると、少し揺れたようにも思える。
翼はバックパックを裏の休憩所に下ろし、エプロンをつけながら店内に戻る。さくらの手の中でほんわりと光をまとうその鞠に手を掲げ、何度も繰り返した真言を小さくつぶやく。
「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ。……あ、余計に光る。これ牡丹ちゃんもう起きるから、宗ちゃんに返すね。卵割れた時に、俺を最初に見ちゃったら良くない気がして」
「……刷り込みか。ありそうな話だな。ありがとう。大事に連れて帰るよ。あ、さくらはもう上がっていいよ。帰りに蜜柑、アイス食べて行くか?」
嬉しそうに頬を緩めて、宗一郎はさくらと蜜柑に言う。さくらも愛おしげに、鞠をじっと見ながらつついている。蜜柑は不思議そうな顔をして……宗一郎に、訊く。
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