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「……お兄さん、牡丹って人、大人だって言ってたよね? この鞠の中にいるの、赤ちゃんだよ? とっても小さい、女の赤ちゃん……」
……その場の空気が止まってしまう。宗一郎は少し眉をしかめて、
「……そうか」
とだけ言った。
「お疲れ様ー。お兄ちゃん、じゃあ明日ね。翼、お兄ちゃんちで飲み会するなら、絶対私も誘ってよ! こっそりなんて、許さないんだからね!」
「お兄さん、アイスありがとう! 美味しかった。あとチョコも。翼くん、また、ね」
エプロンを外したさくらが、人の少ないアーケード街を蜜柑と共に帰って行く。蜜柑は手に板チョコを持っている。裏で宗一郎にアイスを食べさせてもらった上に、チョコレートまで幽体化してもらった。にこにこの蜜柑に、翼は手を振ってから。
「……宗ちゃん、ごめん。そのままの牡丹ちゃんには戻せなかったんだ。赤ん坊か。……牡丹ちゃんの気配だから、問題ないと思ったのに」
肩を落とす翼に、宗一郎は笑いかける。
「命を繋いでくれたんだ。翼、感謝してるよ。一から育てよう。きっとあっという間に大きくなる。昔二人で育てただろ、バレておばあちゃんにどやされた……」
「ああ、狸。あれは怒られた。ばあちゃんが封じた古狸の欠片。……可愛い小狸になってるんだもんなあ。まさかあんなエライ事になるとは……」
思い出して、翼も思わず笑ってしまう。それは翼が小学一年生の時。道前の街で拾った、霊体の小狸。
側溝で震えていた。まるで捨てられた子猫のように。思わず拾って、『おみやげの家久』に連れて帰った。宗一郎と二人で、ダンボールで家を作って、そこに小狸を寝かせて。
翼が椿に習い始めたばかりの、回復の真言を何度も唱えた。その度狸は翼の方へ鼻を向けて、くんくんと鳴いた。まるでエサをもらって喜んでいるようだった。宗一郎も同じ真言を唱えたが、宗一郎の言葉にはその力はないようだった。翼にばかり懐く狸に、悔しい思いをしたのを宗一郎は覚えている。
狸はあっという間に成長した。ダンボールでは収まらなくなってきて、店の裏で放し飼いにした。どうせ宗一郎の父親である浩太郎も、従業員の女性達もこの狸が見えないのだ。放し飼いにしてもなんの問題もないと思ったのに。
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