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ある日宗一郎が店に帰ると、椿が店先でかんかんに怒って待っていた。翼はもうわんわんと泣きながら叫んでいた。ばあちゃん違うんだ、その狸はいい子なんだ、僕の大事なペットなんだ、お願い捨てるなんて言わないで……。
けれど椿は怒り狂ってその狸に呪文をかける。被った仮面を剥がして本当の姿を現す呪文。椿がその言葉を口にしただけで、可愛かったあの狸はヒグマより大きな獰猛な獣へと姿を変えたのだ。
「宗一郎、翼! お前達が可愛いがったのはこの恐ろしい妖しの者だ! お前達を喰うつもりで力を蓄えておった! まんまと罠にかかりおって、この愚か者共が! 見よ、お前達が育てた獣が、調伏される姿を!!」
椿はそのまま狸を調伏した。もともと実体を持った古狸だったその獣は、肉を焼く匂いをさせながらあっさりと果てた。『おみやげの家久』の店先には、何事かと人だかりが出来る。何も見えない観衆。泣く少年二人。怒り狂う老婆。けれど観衆の中の何人かが口にする。
「なんだか、臭いわね。猪を焼いた時みたい」
「獣臭いな。家久の拝み屋さん、何だか分からんが、そろそろ子供らを許してやってくれないか。かわいそうに、こんなに泣いているじゃないか……」
……そんな事もあった。宗一郎もくすくすと笑っている。あの時椿を諌めてくれたのは、三軒となりの薬屋の店主だった。今も元気に店に立っている。
翼はなぜかとても切ないような気持ちになる。宗一郎に、抱える本当の気持ちを伝える。
「……俺、あの時から全然成長してないな。ばあちゃんが教えてくれた、最低限の術しか使えない。今の俺でも、多分嬉しそうに狸を育てるんだ。その狸が、一体どういうつもりで懐いてくるのかも、分からず」
「そんな事ないよ。翼は頭が切れる。周りを見て一瞬で判断するじゃないか。もう落ちてる小狸は拾わないよ。翼は今のままで十分、強い」
優しい宗一郎はそう言って微笑む。いつの間にか来店していた二人連れの客が、「すみません」と宗一郎を呼ぶ。
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