第1話

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「翼、翼、起きなよ。もう10時だよ? そろそろ、帰んなきゃ……」  ふわふわのタオル地の感触に包まれて幸せな気持ちでまどろんでいた翼は、菜々子のそんな言葉に起こされる。眠い。もう少し寝ていたい。でも10時か。確かにもう、帰らなければいけない……。 「うー……。嫌だなあ。菜々子が代わりに帰ってよ。俺ここで寝てるから。親父によろしく言っといて……」 「もう。あたしが翼んちに帰って何の意味があるのよ。翼が帰んなきゃ意味ないでしょ? お父さん、また心配するよ? 翼はたった一人の家族なんだから……」  菜々子はそう言うと、翼が包まっていたタオルケットをがばっとはぐ。翼は寝起きが悪い。これぐらい手荒な事をしないと、いつまでたっても寝具と一体になって起き出して来ないのだ。 「ああっ、ご無体な……。お泊りしたいよー。菜々子が親父に電話して。『おたくの息子さんをお預かりしています。返して欲しくば、何時に帰ろうがガタガタ言うんじゃねーよこのクソ親父……』」 「こら翼! 言葉が悪いよ! 翼のお父さんは翼を大切に思ってるんだから。ほら起きる! 服着る! 小学生みたいにぐずぐずしないの! もう、21にもなって、いつまでも子供みたいなんだから……!」  菜々子に怒られ、翼はぶーぶー文句を言いながら服を着る。何だよーまるで親父の手先じゃんか。俺は菜々子と一緒に寝たいのにー。俺もう大人なのにさ。菜々子は俺が帰って寂しくない訳?  菜々子はそんな翼に笑ってしまう。相変わらず可愛らしいこの男。もう7年も付き合っている。中学生の時に出会って、それからずっと一緒にいる。大切な大切な、菜々子の彼氏。とても賢く、不思議な力を持っている。  菜々子は正直な気持ちを口にする。 「寂しいわ。翼が帰るとあたし、寂しい。でも、お父さんを心配させる事の方が嫌だもん。申し訳なさそーに、あたしに電話かけてくるのよ? こっちが気を遣っちゃうわ」 「だから、俺がいなけりゃ菜々子んちだと思えばいいんだよ! 21の息子が帰って来ないって、ふつーだって! あー俺ここに住みたい。菜々子と一緒に住みたい。大学近いし。親父と二人で引っ付いて暮らすの飽きた。おっさんの晩酌に付き合わされるの、疲れるんだよー。あー面倒。ね、菜々子、俺を監禁して?」
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