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さあ、仕事だ。やっと客が来た。たんまり買ってもらわなければならない。翼は泣きそうになる気分を、無理矢理切り替える。
レジに入って、客を待つ。そして見つける。宗一郎とさくらが見ていたA4サイズの小冊子。松川市の観光パンフレット。宗一郎がデザインを手掛けたものだ。
買い物袋を下げた客が店を後にする。ありがとうございましたー、と声をかけてから、翼は宗一郎に訊く。
「さくらと二人でこれ見てたね。宗ちゃんが作ったんでしょ? 何、なんか改訂でもすんの?」
宗一郎は少し間を空けて、でも翼の目を見て返した。
「ああ、おじさんからの依頼でね。ここに載ってる観光スポット、全て回って霊的な掃除をしてくれって。明日の朝、さくらと行ってくる。日にちをかけて全部回る。……長丁場になるから、その間、店の事よろしくな」
「……さくらと? 俺はいらないの? 俺は、店番……?」
「おじさんが、反対してる。調伏の力など、とんでもないと言われたよ。頭が冷えるまで、関わらせないでくれと言われた。勝手に相談したんだ。悪かったな。でも、お前はこの道前一の、藤屋旅館の跡取りだから……」
「……宗ちゃん……」
翼は目の前が暗くなるような気すらする。こんなに力を欲しているのに。
どうしてみんな邪魔をするんだ。翼はただ菜々子を護りたいだけ。
ただそれだけなのに叶わない。本当は宗一郎に今日相談しようと思っていた。
あの菜々子が見た綺麗なコイン。あそこは浄化のサイクルが廻り始めた筈なのだ。あんなものはあってはいけない。そして感じたあの男の気配はなんなのか。宗一郎に報告するつもりでいたのに。
けれど翼は笑って宗一郎に言う。
「頑固だなあ、あのクソ親父。宗ちゃん、気を使わせちゃってごめんね。俺がちゃんと話をつけるよ。つけるから、そしたら、俺に教えてくれるよね?」
「翼……」
「俺、本当に強くなりたいんだ。菜々子を護りたいんだ。ただそれだけなのに、何がいけないのか分からない……」
翼は心に決めた。翼は翼で一人で動く。
自分に何が出来るか見極める。そのために、あのコインがあそこにあった理由を一人で解いて、あの男とも話をつけて。
それから宗一郎に報告しよう。
翼は笑顔で店に立ちながら、心の中でそう決心をする。
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