第1話

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 やっと服を着て、でも翼はもう一度ベッドに転がる。真っ白いリネンの、菜々子のシングルベッド。  この狭い狭いワンルーム。8畳にベッドと収納を置けば、もう床にはほとんどスペースはない。こんな部屋で二人で暮らせる筈がない。分かっているくせに、翼はいつもこんなわがままを言う。 「……監禁って。翼がベッドの下で寝るんなら考えてもいいよ。シングルで二人は無理! 大体バイトは道前なんだから。お家の近所なんだから、いいじゃない」 「……そりゃそーだけどー」  翼は身体を起こすと菜々子の腕を掴む。そのまま強く引かれて、菜々子はベッドに沈むと翼の腕に強く抱かれる。 「あーあ。ずっと菜々子といたいなー。がっこもバイトも家の事も放り出して。俺やる事いっぱいなんだもん。もちろん好きでやってる事だけど、それより俺は、菜々子といたい」  ……7年も付き合っているのに。  翼はこんな事を言ってくれる。友達も羨む、可愛くて賢くて、おまけに家柄もいいこの彼氏。ついでにこれっぽっちもマンネリを感じさせない。  菜々子はまたきゅんとして、翼の背中に手を回す。 「……そのうち、いられるよ。嫌って程、一緒に。……そうでしょう?」  耳元で、翼が笑う。 「うん。いられるよ。ずーっとね。早く、そうなったらいーなあ……」  そう言って強く菜々子を抱きしめる、大事な自慢の彼氏。可愛くて賢くて、家柄もいい翼。  不思議な力を持っている。でも翼は菜々子に、なぜかその話を全くしない。  むしろ翼は菜々子に隠す。『松川の拝み屋』として共に働く仲間の事も。  もう7年も一緒にいるのに。なぜか翼は自身の持つ不思議な力について、菜々子にちっとも教えようとしないのだ。
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