第2話

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 けれど翼の知っている椿は、調伏の度にあんなに正体不明にはならなかった。きっと宗一郎は、まだ椿程の力を持たない。  翼が宗一郎と同じ力を得れば、きっと宗一郎も楽になる。だから翼は力が欲しい。宗一郎のように妖しの者を調伏する、力を。  それなら菜々子を巻き込まずに済む。今の翼の力では、菜々子に内情を知らせば巻き込んでしまう可能性が……あるのだ。  翌日は土曜日。さくらが朝番で店を開ける事になっている。  翼は5時で店を上がる前に、宗一郎に声をかける。お疲れ様、のついでに。 「宗ちゃん、今夜家に行っていい? 相談があるんだ。宗ちゃんにしか出来ないお願い。ビール持ってくからさ。……どう?」  宗一郎はにっこり笑う。 「いいよ。手ぶらでおいで。お中元のビールが、冷蔵庫を塞いでるから。でもなるべく母さんに見つからないように上がっておいで。鍵は、こっそり開けておくから」  ……優しい優しい、翼の兄。翼は安心して『おみやげの家久』をあとにする。  宗一郎に教えてもらおう。もっと力を得る方法。  宗一郎のサブで居続けるなら、翼は何も変わらない。最終決定を宗一郎に委ね、お膳立てと後片付けで全ての役割を終える。  翼は力が欲しいのだ。万が一菜々子に被害が及んだ時に、自分の力で菜々子を助けられる力が、翼は欲しい。  10時30分に翼はそっと家久家の引き戸を開ける。相変わらずバカでかいこの家。まず敷地に入るには、威風堂々とした数寄屋門を開ける。そこから飛び石を歩いて、やっとたどり着く玄関先。  翼の家も、かれこれ大きい。道前温泉から少し入った、祝山という場所に翼の家はある。  一軒家。翼で4代目になる、藤屋旅館を営む村上家。男二人で住む広く古い家は、はっきり言って荒れ放題だ。定期的に庭師やお手伝いの女性が入るが、家事能力のない男二人はそれ以上の速度で家を荒らす。  宗一郎の母にお華を習っている翼。もう師範一歩手前の所まできている。旅館経営者としての美意識を養う以上に、翼はこの家が心地良くて沙羅のもとへ通う。  沙羅が美しく仕立て上げるこの家。やはり母親がいる家というのはこんなに美しいのだ。これがきっと正しいバランス。母親の面影を知らない翼は、宗一郎が母親として認めたがらない沙羅すらも羨ましく思う。
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