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だから宗一郎に乞うのだ。強い力の持ち方を。菜々子と結婚がしたい翼は、宗一郎に率直に問う。500ミリのビールで、乾杯をした後に。
「宗ちゃん、俺に教えて。妖しの者を調伏する方法。俺、強くなりたい。宗ちゃんみたいになりたいんだ。ばあちゃんは教えてくれなかった。だから宗ちゃんが、俺に教えて」
宗一郎は驚いた顔をする。少し怪訝な顔になって、確かめるように訊く。
「それは……どうして? どうしてそう思うんだ? どうして、強くなりたい……?」
翼は座卓に手にしたビールの缶を置く。畳にあぐらをかいて、宗一郎の顔をちゃんと見て答える。
「中途半端だからさ、俺。さくらみたいに耳が利く訳でもなく、宗ちゃんみたいに最終的に事態を回収する力がある訳でもない。妖しの者が見えるし、大体の事情も分かる。でも結局は自分の身に降りかかる霊障すら、自分で解決出来ない。ほら、先々月もあったじゃん」
翼が示唆する事態をすぐに思い出し、宗一郎はああ、と声を漏らす。
面倒な相手だった。翼から電話があって、弱ってるんだ、と言う。すぐに会って宗一郎が調伏したが、それはなんと生霊だった。翼が以前振った女。藤屋旅館で働く、仲居として有能な30代の女。
話が通じる相手なら、翼にだって多少の対策は出来る。成仏を望む霊体なら、上に上がってごらん、と言うだけでいい。この世への未練で理を忘れているが、本来霊というのは成仏を望んで少し上に上がるだけであの世に行ける。ほんの少し上に意識を向ければそこには近しい先祖が待っていて、霊体をあの世に引き上げてくれるのだ。
けれど成仏を望まぬ者や、話が通じない者には翼は何も出来ない。お手上げだ。特に生霊というのは実は妖しの者よりずっと強く、そう簡単には払う事が出来ない。
生きている人間は強い。その生きている人間が思い詰めた念は、時に実体化する程の密度を持つ。しかも一切聞く耳を持たない。目的を達するまで離れない。変質的について回る。見えない人間は不快感を持ちながらも生活する事が出来るが、見える翼にはたまったものではない。毎夜毎夜翼のベッドに現れるその女。
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