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薄暗い城の廊下を駆ける小さな影が一つ。
最初はやや高いヒールを履いていたが、走りにくいしカツカツと大きな音がするので今しがた脱ぎ捨ててきたところだ。
おかげで華奢な足は汚れ、肩の少ししたまで伸びたミントグリーンの髪は乱れており、幼さの残る卵形の小顔には汗が伝っている。
かなり長い距離を全速力で駆けてきたため、肺へ続く気管は十分な酸素を取り込めずヒューヒューと音を鳴らしている。
少女は限界を感じ、一度足を止める。しかし休憩している時間はない。追手が来る前に、急がなくては。
膝に両手をついて体重を預け、肩や胸を大きく上下させながら、少女は周囲を見渡す。
記憶では、確かこの辺りのはずなのだ。
「……あ……!」
あった。少女の目線の先にはなにかの陣が刻まれた両開きの大きな扉。二つの扉に跨って描かれている複雑な陣は赤、青、緑、紫、薄い水色、黄色とコロコロと色を変えながら光っていて、まるで生き物のように見えた。
それは、響鳴術という特殊な力を用いて施された封印である。
扉の前に立ち、少女は呟く。
「我が内なる力と、我が名において今ここに命ず……」
陣を彩っていた色彩が消え失せ、やがて陣自体も消えた。少女はおそるおそる扉に触れ、押してみる。
ギィ……と重苦しい音を立て、扉が開いた。下へと続く階段を、少女は迷いなく降りていく。
長い長い階段を時間を掛けて降り終えると、広い場所に出た。明かりもないのになぜか少し明るい広間の奥には、誰かが人物は両手を頭上で縛られ、膝をついた状態で鎖に繋がれている。
少女は辛そうに、悔しそうに、悲しそうに表情を歪めた後、その人物に歩み寄る。
裸足でもぺたぺたと足音はするはずだが、だらりと身体を下へ垂れさせたままピクリとも動かない。
「お願い……」
少女は同じように膝をつき、それと対峙すると、伏せられている顔に両手を添え、そっと持ち上げる。
「一緒に来て。私を、ここから連れ出して……。ここではないどこか、どこか遠くへ連れて行って……」
半ば無理やり上げさせた顔に生気はないが、生きていることは知っている。
少女に気がついたのか、それはゆっくりと目を開けた。
「……わかった」
抑揚のない声。暗闇の中でも光を失わない蒼色の瞳。
それは確かに少女に応え、頷いたのだった。
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